閉園後の新潟ロシア村は、管財人や競売手続きの複雑さから施設や展示物の処分が速やかに進みませんでした。その結果、広大な敷地内に豪奢な教会、ホテル、そしてマンモスの骨格標本や剥製レプリカがそのまま取り残される事態となったのです。
時が止まったかのような異様な光景は、2000年代中盤のインターネット黎明期において「国内最大級のテーマパーク廃墟」としてネット掲示板やブログなどで急速に拡散されることになります。無断で敷地内へ侵入する廃墟愛好家や若者が後を絶たず、調度品の破壊や落書きなどのヴァンダリズム(器物損壊)が横行しました。
そうした荒廃がピークに達していた2009年10月、施設内で原因不明の火災が発生します。かつて宿泊施設として使われていたホテル棟が激しく炎上し、消防車多数が出動する大騒動となりました。火の気のない無人施設での出火であったことから不審火(放火の疑い)として警察が捜査を行い、全国ニュースでも大きく報道されました。この火災事故を契機に、自治体や管理者側は防犯体制の抜本的な見直しを迫られることになります。