「東京チカラめし」を運営する三光マーケティングフーズ(現・SANKO MARKETING FOODS)が1号店を出店したのは2011年6月(東京・池袋)のことでした。居酒屋「東方見聞録」や「金の蔵」で培ったノウハウを活かし、デフレ下の外食市場に殴り込みをかけた焼き牛丼は、香ばしいライブ感と濃厚な味付けで瞬く間にサラリーマンや学生の心を掴みました。しかし、その栄光は長くは続きませんでした。業界関係者の証言や決算資料から見えてくる、店舗激減の真相は主に3点に集約されます。
第1の理由は、「急速すぎる出店ペースと現場オペレーションの破綻」です。1号店オープンからわずか2年余りで130店舗を超えるハイペース出店を敢行した結果、店舗スタッフの教育が追いつきませんでした。煮込み牛丼と異なり、焼き牛丼は1食ずつ肉を焼き上げる工程が必要です。ピーク時の調理待ち時間の長期化、焼きムラ、鉄板の清掃不備による焦げ臭さや油汚れなど、店舗体験の質の低下がSNSや口コミで急速に拡散し、初期のファン離れを招きました。
第2の理由は、「大手牛丼チェーンによる熾烈な価格競争と包囲網」です。当時、吉野家、すき家、松屋の3強は熾烈な牛丼値下げ戦争を展開しており、280円前後でスピード提供される煮込み牛丼に対し、チカラめしの焼き牛丼は280円〜330円で対抗しました。しかし、原価率の高さと調理負荷が重なり、低価格維持と採算性の両立が困難になりました。
第3の理由は、「居酒屋からの居抜き出店による立地ミスマッチと顧客の定着難」です。同社が保有していた居酒屋物件などを急速に転換したため、牛丼業態に適したファストフード型の動線が確保できない店舗も多く、長居しにくいカウンター主体の構造と相まって、リピート率の低下を招いたと分析されています。