この奇抜な建築を発案したのは、寛政8年(1796年)、当時飯盛山にあった正宗寺の住職であった郁堂(いくどう)和尚です。正式名称は「円通三匝堂(えんつうさんそうどう)」と呼びます。「匝(そう)」には「めぐる」という意味があり、堂内を三回めぐって参拝することから名付けられました。
建立当時、堂内のスロープ沿いには「西国三十三観音像」が安置されていました。江戸時代の庶民にとって、関西方面へ足を延ばす巡礼の旅は一生に一度行けるかどうかの大旅行でした。しかし、このさざえ堂を一度参詣すれば、堂内を歩くだけで三十三観音すべてをお参りしたのと同じ功徳が得られるという画期的な参拝システムとして大ブームを巻き起こしたのです。明治初期の神仏分離令によって仏像は移設されましたが、現在も皇朝二十四孝の絵額などが掲げられ、当時の面影を色濃く残しています。
一方、ネットやオカルト歴史ファンの間で長年囁かれているのが、「レオナルド・ダ・ヴィンチの設計図がシルクロードを経て会津へ伝わったのではないか」という仮説です。フランスのシャンボール城にある有名な二重螺旋階段はダ・ヴィンチの原案とされていますが、郁堂和尚がこれを知り得た証拠は歴史的文書には存在しません。現在の研究では、海外の知識の直接的な模倣ではなく、中国の仏塔建築や日本古来の螺旋概念、そして和尚自身の卓越した創意工夫が結実した「日本独自のアウトプット」であるという見解が定説となっています。