浅田真央という不世出のスケーターを育てるには、年間数千万円とも言われる莫大な費用が必要だった。バンクーバー五輪で銀メダルを獲得し、世界選手権を何度も制覇した彼女の成功の背景には、母・匡子さんの献身的なサポートがあったことは広く知られている。しかし、その資金面を陰で支え続けたのは、紛れもなく父・敏治氏だった。
名古屋で飲食店やナイトビジネスを経営していた敏治氏は、娘たちのスケート費用を捻出するために昼夜を問わず働き詰めた。リンクへの送迎やスケート靴の手配、海外遠征費の確保――。華やかな氷上の世界とは対照的な「夜の街」でのビジネスに対する世間の偏見と戦いながら、彼は父親としての責任を果たそうとしていたのである。