日英同盟はなぜ結ばれ消滅したのか?締結理由と現代に続く真相

日英同盟はなぜ結ばれ消滅したのか?締結理由と現代に続く真相

日英同盟はなぜ結ばれ消滅したのか?締結理由と現代に続く真相の具体的な内容に迫る! わかりやすい言葉で紐解きます。

日英同盟は一度結ばれて終わりではなく、国際情勢の激変に合わせて全3回(第1次〜第3次)の改定が行われました。その内容の変化を整理した客観データが以下の通りです。

項目詳細・数値データ一般的な基準・相場編集部の見解・評価第1次日英同盟1902年締結/対象:清国および朝鮮/1国との交戦時は中立、2国以上との交戦で参戦義務防衛的同盟(中立義務中心)日露戦争においてフランスやドイツの参戦を抑止する決定的な盾となった。第2次日英同盟1905年締結/対象地域を「インド」に拡大/1国からの攻撃でも相互参戦義務(攻守同盟化)軍事同盟(参戦条項の強化)日露戦争末期に締結。日本の韓国保護権確立と英国のインド防衛を相互承認。第3次日英同盟1911年締結/アメリカを同盟の適用対象外とする条項を追加(総括仲裁裁判条約国)同盟の実質的形骸化の始まり英米関係の配慮から米英開戦時に日本が参戦する義務を排除。英国側の軸足移動が鮮明に。四カ国条約による失効1921年ワシントン会議で調印(1923年8月17日正式失効)/米・英・仏・日による協議協定多国間枠組みへの移行軍事同盟の破棄により日本は外交的孤立の道を歩み、太平洋戦争への引き金となった。
鈴木 陽菜
著者

鈴木 陽菜

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