『古事記』編纂(712年)以前から語り継がれてきた神代の物語において、歌謡そのものはイザナギやイザナミの神産み神話にも登場します。しかし、それらは文字数の定まらない不規則な民謡的リズム(神楽歌や寿歌)に過ぎませんでした。
スサノオが詠んだこの一首が「日本最古の和歌」「短歌の祖」と位置づけられる決定的な理由は、5・7・5・7・7という音数律を完璧に成立させた最古の記録だからです。『古今和歌集』の仮名序において、紀貫之は次のように書き記しています。
「すさのをのみことの、宮造りしたまひける時に、はじめて三十文字あまり一文字をよみ給ひけり」
神がカオス(混沌)からコスモス(秩序)を切り拓いた瞬間、言葉もまた混沌とした呪文から「三十一文字の定型詩」へと昇華したことを示しています。荒ぶる暴風雨の神であった須佐之男命が、怪物を調伏し、新居を定め、秩序正しき定型詩の創始者へと変貌を遂げるプロセスそのものが、日本文化の黎明を物語る重要なマイルストーンなのです。