かつて考古学界やネット言説で語られがちだった「縄文人はその場しのぎの狩猟採集で常に飢餓と隣り合わせだった」という言説は、近年の発掘調査で完全に否定されています。縄文時代早期末から前期にかけての遺跡からは、計画的な土地利用と高度な加工技術の痕跡が次々と確認されています。
鹿児島県の上野原遺跡をはじめとする南九州の集落跡や、関東各地の早期貝塚の調査では、円形や方形の堅牢な竪穴建物が規則正しく配置された定住集落が見つかっています。特に注目すべきは、地下に掘られた「貯蔵穴(ドングリピット)」の存在です。アク抜き技術を確立した縄文人たちは、秋に大量収穫したトチノキやコナラの実を水辺の泥中や地下ピットに埋めて長期間保存し、年間を通じた食料安定供給を実現していました。
さらに、外洋航海技術の進化も特筆に値します。東京都神津島産の黒曜石が関東・中部地方の内陸部遺跡から大量に出土している事実は、縄文人が一本の巨木をくり抜いた丸木舟を操り、黒潮の激流を越えて100キロメートル以上の海上交易を行っていた動かぬ証拠です。彼らは自然に翻弄される弱者ではなく、激変する生態系を巧みに手なずけた熟練の航海者・森林管理者でした。