検索ユーザーの間でも特に疑問視されるのが、「同じ実の兄弟でありながら、なぜ三男だけが岸姓なのか」という点です。この背景には、昭和の政治史を動かした名門一族の「家名存続」という重い課題がありました。
母・洋子さんの実父である第56・57代内閣総理大臣・岸信介氏には、長男の信和氏と長女の洋子さんという2人の子供がいました。しかし、長男の信和氏は幼少期に小児麻痺を患った影響で足に障害を抱えており、政界進出を断念して西部石油の役員などを務めていました。さらに信和氏夫妻には子供(跡継ぎ)が恵まれなかったため、「岸家の家名を絶やしてはならない」という強い親族の意向が働いたのです。
そこで、晋太郎氏と洋子さんの間に生まれた三男の信夫氏が生後まもなく信和氏の養子に出されることになりました。信夫氏自身は、大学進学を控えた時期に戸籍謄本を取り寄せるまで、自らが養子である事実を知らされていませんでした。当時の手記やインタビューによると、「自分の親だと思っていた叔父・叔母が実は育ての親であり、従兄と思っていた晋三が実の兄だった」という事実に強い衝撃を受けたことを率直に語っています。