明治元年は西暦何年?158年前の改元に隠された激動の真相

明治元年は西暦何年?158年前の改元に隠された激動の真相

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慶応から明治への改元において最も特徴的なのは、改元が発令された9月8日当日に「同年1月1日に遡って明治元年とみなす」という遡及(そきゅう)改元の形式が取られた点です。 発布された「明治改元詔書」には、天皇一代につき元号を一つとする「一世一元の制」を将来にわたって定着させる強い意志が刻まれていました。 「朕今、吉を卜して慶応4年を改めて明治元年と為す。これより以後、旧制を革め、一世一元の制を建て、万世の標準と為さん。」(明治改元詔書の趣旨) 古代から江戸時代に至るまで、改元は天皇の代替わりだけでなく、大規模な天変地異、疫病の流行、あるいは吉兆の出現などを理由に頻繁に行われていました。実際、幕末期だけでも天保・弘化・嘉永・安政・万延・文久・元治・慶応と目まぐるしく変化しています。 頻繁な改元は朝廷の権威誇示や厄払いの意味を持っていた反面、行政実務や民衆の生活暦に著しい混乱をもたらしていました。新政府が導入した一世一元の制は、中国の明・清の制度を参考にしつつ、天皇の親政と国家統治の一貫性を国内外に明示するための高度な政治改革でした。 なお、「明治」という元号の選定には、中国の古典『易経』の一節「聖人南面而聴天下、嚮明而治(聖人南面して天下を聴き、明に向いて治む)」が採用されました。複数の候補案(明治・天保・寛政など過去の佳字の組み合わせ)の中から、最終的に明治天皇自らが宮中で籤(くじ)を引いて決定したという記録が当時の側近の日記に残されており、近代国家の幕開けにふさわしい神秘性と厳粛さを帯びた儀式でした。

清水 千尋
著者

清水 千尋

マーケティングと消費者心理のトレンドを分析し、現代のヒット商品の背景を読み解きます。