街中を歩いていて、トイレの入り口で立ち往生したことはないでしょうか。「弊学新築の建物のトイレ、男女マークが紛らわしすぎてどっちか分からない」「商業施設のおしゃれトイレ、アルファベット1文字だけでドアを開けるのが怖い」といった悲鳴交じりの投稿が、SNS上で定期的にトレンド入りする光景が定着しています。
現在世界中で使われているトイレのピクトグラム(人型ピクトグラム)は、1964年の東京オリンピックが発祥の地です。当時、約90カ国から訪れる選手や観光客の言語の壁を打ち破るため、アートディレクターの勝見勝を中心とする若き日本人グラフィックデザイナーたちが結集。誰が見ても一瞬で理解できる「視覚言語」として、ズボン姿の男性とスカート姿の女性のシルエットを開発しました。陸上競技や水泳などの競技アイコンとともに生まれたこのシステムは、一切の文字を使わずに機能を伝える画期的ソリューションとして国際的に激賞され、世界中へ広がっていったのです。
しかし、半世紀以上を経てサインシステムは新たな壁に直面しています。近年オープンした複合施設や美術館などで顕著なのが、「過剰なデザイン至上主義による視認性の崩壊」です。空間のミニマリズムを追求するあまり、人型アイコンの胴体を極限まで細い1本の直線に削ぎ落としたり、頭部と胴体の比率を崩したり、あるいは単なる棒の長さだけで性別を表現しようとする事例が散見されます。
さらに問題を複雑にしているのが、色彩の剥奪です。日本国内のトイレサインは、長らく「青=男性」「赤=女性」の色分けが徹底されてきました。この配色が定着した理由には諸説ありますが、東京五輪の準備過程において、外国人が遠くからでも直感的に識別できるよう、色彩心理学を取り入れたのが契機とされています。伝統的な着物文化における華やかな赤の女性イメージ、背広文化における落ち着いた紺・青の男性イメージとも親和性が高く、日本国内で驚異的な定着を見せました。
ところが、国際標準(ISO規格)では「色に頼らない形状識別」が原則であり、欧米の施設では壁面と同色のモノトーンで統一されるケースが一般的です。近年の日本国内でも、スタイリッシュな空間演出やジェンダーレス配慮の名のもとに「グレー一色」「黒一色の極小アイコン」を導入する施設が急増しました。その結果、視力の低下した高齢者や色覚特性を持つ人だけでなく、健常者であっても「直前まで近づいて凝視しなければ中に入れない」という深刻なアクセシビリティの劣化を引き起こしています。