なぜこれほどまでに「不仲」「確執」というレッテルが一人歩きしてしまったのか。そこにはプロスポーツ特有の「盟友人事」が抱える心理的な死角が存在します。
ネット上の批判的な意見の多くは、「仲が良いはずの二人が、なぜグラウンドで笑顔を見せないのか」「もっとベンチ内で激しく言い合っている姿が見えないのは、仮面夫婦のような状態だからではないか」という短絡的な推測から出発していました。しかし、これはプロの指導現場に対する決定的な誤解です。
第一の盲点は、プロの一軍ベンチにおけるヘッドコーチの職掌です。ヘッドコーチは監督と雑談を交わす相手ではなく、試合の戦況、審判の判定傾向、相手投手の配球パターン、守備位置の指示など、膨大なデータを瞬時に処理して指示を出す実務責任者です。勝敗のプレッシャーに晒された現場で無駄な談笑などあるはずがなく、真剣な無言の集中状態が、テレビ画面越しには「険悪な空気」と誤読されました。
第二の盲点は、ファンの不満のスケープゴート現象です。立浪監督という絶対的なカリスマに対し、成績不振の怒りをどこへ向けるべきか迷った一部のファンが、「片岡ヘッドが機能していない」「立浪監督と片岡氏の意見が合っていないから打てないのだ」というわかりやすい対立構造をネット上で捏造・拡散してしまった側面は否定できません。ネット掲示板や知恵袋などで語られる「確執のエピソード」の多くは、具体的な発言の裏付けがない推測の域を出ないものでした。