ネット上の掲示板やSNSで定期的に拡散されるのが、「みのもんた 若い頃 画像」と題された白黒およびカラーのヴィンテージ写真です。そこに写る20代の姿は、濃い日焼けにダブルのスーツというおなじみのいでたちとは一線を画しています。涼しげで大きな瞳、筋の通った高い鼻梁、清潔感あふれる七三分けの黒髪、そして引き締まったフェイスライン。その佇まいは、まるで1960〜70年代の映画会社・日活の看板スターや、昭和の名優を思わせる正統派の二枚目そのものです。
東京都世田谷区に生まれた彼は、名門・立教中学校、立教高等学校を経て、立教大学経済学部へと進学しました。立教大学 青年時代は学内の名門サークルである放送研究会(RBC)で腕を磨き、当時から「立教に声のいいスマートな美青年がいる」と他大学の女子学生の間でも噂になるほどでした。1967年、本名である御法川法男として文化放送へ入社します。
入社直後からその抜きん出たルックスと甘い声配りで注目を集め、伝説的深夜ラジオ番組『セイ!ヤング』の初代パーソナリティのひとりに抜擢されました。当時のスタジオ風景を記録したスナップ写真では、黒縁メガネ越しに知的な眼差しを向ける姿や、開襟シャツをラフに着こなす姿が残されており、熱烈な女性リスナーから局宛てに段ボール箱いっぱいのファンレターが届いていたという逸話も残されています。「みのもんた=浅黒いオジサン」という固定観念を持つ現代のネットユーザーが「信じられない」「俳優デビューしていてもトップを張れたレベル」と息を呑むのも無理はありません。