稲葉浩志の経歴を語る上で欠かせないのが、国立大学卒のインテリジェンスです。難関として知られる稲葉浩志の学歴 横浜国立大学教育学部中学校教員養成課程(数学専攻)を卒業している事実は広く知られていますが、ネット上では「なぜ教員免許を取りながら教師にならなかったのか」「単なる滑り止めだったのか」といった誤解も存在します。
彼が稲葉浩志 教員免許の理由として後に明かしたエピソードは、実に示唆に富んでいます。岡山県津山市の名門・津山高校から横浜国立大学へ進学した稲葉は、当初、数学教師になることを現実的な進路の一つとして視野に入れていました。しかし、大学4年次の教育実習において、人生を決定づける転機が訪れます。実習先の学校関係者から「教壇に立つなら、その長い髪を短く切り落としなさい」と指導されたのです。
当時すでにロックに傾倒し、自己表現の象徴として長髪を保っていた稲葉は、「髪を切ってまで既存の枠組みに従うことはできない」と痛感。教育実習を途中で辞退し、教員への道を自ら断ち切る決断を下しました。この「妥協を拒絶する強いアイデンティティ」こそが、後に音楽の世界で成功するための原動力となったのです。
大学卒業後、音楽活動を模索していた稲葉のデモテープを耳にし、その唯一無二のハイトーンと表現力に惚れ込んだのがギタリストの松本孝弘でした。結成から現在に至るまで、二人はプライベートで過度にべたべたすることなく、互いのプロフェッショナリズムを極限までリスペクトし合う関係を維持しています。このB'z松本孝弘との絆について、松本は「稲葉の代わりは世界中どこを探してもいない」、稲葉は「松本さんのギターがあるからこそ自由に歌える」と語り合っており、健全な距離感と絶対的な信頼が、35年以上一度も解散危機に陥ることなく頂点を走り続けられた構造的要因です。