なぜ胡蝶しのぶは、生存を諦めてまで自ら喰われる道を選んだのか。その根底には、上弦の上位に位置する鬼の異常な生命力と、彼女自身の身体的限界を冷徹に見極めた「非対称戦における最終兵器化」という極限の戦略がありました。
鬼殺隊の柱の中で唯一「鬼の頸を刀で切り落とすことができない」しのぶは、毒による調伏を専門としてきました。しかし、十二鬼月・上弦の弐である童磨は、注入された毒の情報を数秒から数十秒で解析し、抗体を作って無力化してしまう桁外れの代謝能力を誇ります。外側から刀で突き刺す程度の薬量(数ミリグラム〜数グラム単位)では、童磨を仕留めることは原理的に不可能でした。
そこで彼女が珠世(たまよ)と密かに共同開発し、自らの肉体に課した作戦こそが、「自らの全身を致死量の藤の花の毒で満たす」ことでした。しのぶは約1年以上の歳月をかけ、血液、内臓、皮膚、骨の髄に至るまで、毎日微量ずつ藤の花の毒を摂取し続けました。その蓄積量は、実に彼女自身の体重と同じ約37kg分、通常の鬼を殺傷する致死量の約700倍に達していたのです。
さらに狡猾だったのは、童磨の「若い女性を優先して喰らうことでより強くなれる」という異常な嗜好を逆算していた点です。しのぶは、自分が敗北して喰われることすら「童磨の体内へ37kgの猛毒を一括投薬する必勝手段」へと変換していました。自身の死を敗北ではなく、確実な処刑シークエンスの一部として織り込んでいたのです。