経営と所有を切り離すことで生じる最大の代償が、経済学でいう「エージェンシー問題」です。仕事を依頼する側である株主(プリンシパル)と、依頼される側である経営陣(エージェント)の目的は、理論上必ずしも一致しません。
株主が求めるのは長期的な企業価値の最大化や持続的な配当ですが、雇われた経営陣は任期中の地位保全、自身の報酬拡大、業界内での名声といった自己の効用を優先しがちになります。ここにモラルハザード(規律の弛緩)が生じる温床があります。
決定的な問題は「情報の非対称性」です。現場の正確な業績、潜在的な法的リスク、開発の遅延といった実態を最も把握しているのは経営陣であり、株主が知り得るのは開示された限定的な資料に過ぎません。この情報格差を隠れ蓑にして、以下のような深刻な機能不全が引き起こされます。
- 短期利益を狙った過度なコスト削減:次期取締役会での評価や任期中のボーナスを吊り上げるため、不可欠な研究開発費や設備更新費、人材育成費を削り、企業の長期的競争力を損なう。
- 都合の悪い情報の隠蔽・粉飾決算:自らの失政や赤字転落を覆い隠すため、不都合な数値を操作し、破滅的な損失へと発展させる。
- 身の丈に合わない巨額買収(帝国の建設):企業価値の向上ではなく、売上規模を拡大して自身の権勢を誇示するためだけに無謀なM&Aを強行する。
本来、これらを抑止するために株主総会と取締役会の役割が厳密に設計されています。最高意思決定機関である株主総会が経営陣の信任・解任を握り、取締役会が業務執行を厳しく監視する建前です。しかし後述するように、この抑止システムが日本企業において長年形骸化してきたことが、近年の企業不祥事の根本的な要因となってきました。