近年、古着市場で価格が高騰する理由は、単なる懐古趣味にとどまりません。国内外の著名アーティストやファッションデザイナーがヴィンテージTシャツを「着用可能な現代アートピース」として公の場で着用し、SNSを通じてその価値が国際的に共有されたことが発端です。
とりわけ過熱しているのが、バンドTシャツの価値と真贋をめぐるマーケットです。Nirvana(ニルヴァーナ)、Metallica(メタリカ)、Iron Maiden(アイアン・メイデン)、Pink Floyd(ピンク・フロイド)といった伝説的バンドのツアーTシャツにおいて、当時物(オリジナル)か後年の公式再発版(リプリント)かを分ける最大のメルクマールがシングルステッチの有無となっています。
大手オークションハウスやヴィンテージ市場の取引データによると、ニルヴァーナの代表作『In Utero』ツアーのオリジナルTシャツは、袖・裾ともにシングルステッチのBrockumボディであれば20万円〜40万円以上で取引されます。一方、1990年代後半から2000年代以降に同じグラフィックで製造されたダブルステッチのオフィシャル品は、2万円〜4万円程度にとどまるケースが珍しくありません。
物理的なグラフィックが同一であっても、1990年代初頭の現場の熱気やカルチャーそのものを内包しているか否かが価格を決定づけます。「シングルステッチであること」は、その衣服が確かに当時のツアー会場で販売され、その時代の空気を吸ってきた歴史的実物であることを雄弁に物語るパスポートとして機能しているのです。