料理の常識として流布している情報の中には、科学的・歴史的に誤った認識が少なからず存在します。その代表例が「すき焼き肉としゃぶしゃぶ肉は単なる厚みの違いであり、家庭ならどちらの肉を流用しても大差ない」という俗説です。
これは精肉の物理構造を無視した誤解です。しゃぶしゃぶ用の極薄肉ですき焼きを調理すると、濃厚な割り下の沸騰に耐えられず、タンパク質が一瞬で過剰変性して縮み上がり、ボロボロに崩れてパサパサの食感に陥ります。反対に、厚みのあるすき焼き肉をしゃぶしゃぶの湯に通した場合、中心部に適正な熱が伝わるまでに時間がかかり、表面の旨味成分が過剰にお湯へ流出してしまう上、噛み切る際に脂のしつこさが口内に残ってしまいます。
また、「すき焼きの白滝(糸こんにゃく)に含まれる石灰(凝固剤)が肉を硬くするから隣に置いてはならない」という長年信じられてきた言説も、一般財団法人日本こんにゃく協会の検証実験によって科学的に否定されています。現在市販されている白滝のカルシウム含有量では、肉の硬度に影響を与えるほどの酸性度変化は生じません。肉が硬くなる真の原因は、単なる「火の通しすぎ(加熱時間の超過)」に過ぎないことが実証されています。