祖師ヶ谷大蔵とウルトラマンを結ぶ絆は、行政や広告代理店が主導した単なる街おこし企画ではありません。その根底には、日本特撮の黎明期を支えた円谷英二監督と世田谷区砧の切り離せない歴史が存在します。
1963年4月、円谷英二氏は自らの理想とする特撮映像を具現化すべく「株式会社円谷特技プロダクション」を設立しました。その発祥の地となったのが、現在の祖師ヶ谷大蔵駅から徒歩圏内に位置する世田谷区砧7丁目です。当時、砧周辺には特撮映画の金字塔『ゴジラ』などを生み出した東宝砧撮影所(現在の東宝スタジオ)が構えており、英二氏自身も砧に居を構えて特撮の研究に没頭していました。当時の関係者の証言や記録を辿ると、撮影所での過酷なスケジュールを終えたスタッフや技術者たちが、夜な夜な砧の事務所や自宅に集まり、夜を徹して特撮の技法やドラマのプロットを議論していた熱気あふれる光景が浮かび上がります。
円谷プロダクション旧本社は、2005年に移転するまでの約42年間にわたり砧の地にあり続けました。初代『ウルトラマン』をはじめ、『ウルトラセブン』や『帰ってきたウルトラマン』など、昭和・平成の特撮史を彩った数々の名作がまさにこの土地で企画・制作されたのです。
現在、旧本社の敷地は民間の集合住宅となっており、記念館や大型展示施設が建っているわけではありません。しかし、祖師ヶ谷大蔵から砧にかけての街並みには、日本のクリエイターたちが知恵を絞り、世界に誇るヒーローを生み出した創造の記憶が今なお色濃く息づいています。