カブト虫以外の単語群も、緻密に配置された必然性を帯びています。荒木飛呂彦氏が構築したプロットの凄みは、キリスト教の神学と近代科学の物理概念が、言葉の連なりの中で徐々に高次元へと昇華していく構造にあります。
冒頭の「らせん階段」は、生物学における「DNAの二重らせん」を想起させます。天国へ行くためには肉体的な限界を突破し、遺伝子レベルでの変革を遂げなければならないというDIOの思索が窺えます。続く「廃墟の街」は、第3部の最終決戦の舞台となったカイロを指し、自らの因縁と俗世の執着を一度徹底的に破壊・忘却する必要性を示唆しています。
さらに中盤の要となる「ドロローサへの道」は、ラテン語で「苦難の道(Via Dolorosa)」を意味するエルサレムの実在の巡礼路です。イエス・キリストが十字架を背負い、ゴルゴタの丘へと歩んだ約600メートルの道程を指します。プッチ神父はキリスト教の聖職者でありながら、自らの信念のために妹ペルラを失い、数々の罪を犯してきました。この言葉は、「天国という究極の平穏に至るためには、血を吐くような受難と贖罪の道を自ら歩まねばならない」という自己犠牲の覚悟を要求しています。
そしてクライマックスに配置された「秘密の皇帝」と「特異点」の並びです。タロットカードにおける「皇帝(Emperor)」は絶対的な支配と秩序を司りますが、「秘密の」と形容されることで、表舞台の権力者ではなく、宇宙の法則そのものを裏から決定づけるDIO自身の存在を指し示します。そこから導かれる「特異点(Singularity)」という現代宇宙論の用語は、アインシュタインの一般相対性理論において重力が無限大となり、時間と空間の概念が崩壊するブラックホールの中心を意味します。宗教的な祈りの言葉から始まった詠唱は、最終的に「物理法則の超越」という科学の極限概念へと着地し、時の一巡を論理的に肯定する舞台装置となっているのです。