インターネット上の掲示板やSNSを精査すると、「時速数十キロで突進してくるヒグマにスプレーを構える時間などない」「使っても激怒させて逆効果になるだけ」といった言説が定期的に拡散されています。こうした噂が生まれた背景には、人間心理特有の生存者バイアス(生還者の沈黙)と、センセーショナルな事故報道の偏重が存在します。
山中でクマに遭遇し、スプレーを噴射して難を逃れた登山者や林業関係者の多くは、事態が無事に収束したことから大々的な報道機関の取材対象になりません。結果として警察やメディアを通じて広く可視化されるのは、「撃退に失敗して重傷を負った事例」や「遺体の傍らに未使用のスプレーが転がっていた凄惨な現場」ばかりとなります。この報道格差が、「持っていたのに助からなかった=熊よけスプレーは効果がない理由」という安易な短絡を生み出し、ネット上で「助かった者はゼロ」という極端な都市伝説へと変貌を遂げたのが真相です。
さらに、市販の防犯用催涙スプレー(人間用)とクマスプレーを混同しているケースも散見されます。人間用の催涙スプレーは風圧や噴射距離が弱く、大型獣の突進を止めることは不可能です。この初歩的な知識不足による失敗談が、ギア全体の信頼性を貶める要因となっています。