今や日本のポップカルチャーやサブカルチャーのアイコンともなったパンチパーマですが、その発祥は1970年代の福岡県北九州市にあります。
当時、北九州市小倉で理容店を営んでいた理容師・永沼重己氏が、黒人ミュージシャンのアフロヘアーや自然な縮毛からインスピレーションを受け、ピアノ線を改良した熱アイロンを用いて考案したのが始まりです。当初は「チャンピオンプレス」と名付けられていましたが、関西の理髪器具商社が「パンチの効いたスタイル」として全国へ広めたことで「パンチパーマ」の名が定着しました。
1970年代後半から1980年代にかけては、プロ野球選手やトラック運転手、職人、映画のヤクザ役などの影響で「強くて頼もしい男の象徴」として大ブームを巻き起こします。しかし、バブル崩壊以降のサラサラヘアやミディアムレイヤーの流行に伴い、徐々に「いかつい」「時代遅れ」というパブリックイメージが定着し、一時的に衰退の途を辿りました。
風向きが劇的に変わったのは2010年代後半以降です。欧米のアメリカンバーバーカルチャーが日本に上陸し、サイドをスキンフェード(地肌が見える0mmからのグラデーション)で刈り上げるスタイルがトレンド化。このフェード技術と日本の伝統的なアイロンパーマが融合したことで、「ネオパンチ」や「濡れパン」という新たなカルチャーとして劇的な復活を遂げました。