春の風物詩として定着している『うれしいひなまつり』が世に送り出されたのは、1935年(昭和10年)から1936年頃のことです。当時、数多くの流行歌や童謡を世に送り出していた詩人のサトウハチローが作詞を、抒情的な旋律で知られる作曲家の河村光陽が作曲を担当しました。
ポリドールレコードから発売されたこの楽曲は、愛らしい歌詞と日本人の心にすっと染み入るメロディが相まって瞬く間に全国へ浸透。戦後も音楽の教科書に掲載され続け、日本の伝統行事であるひな祭りを象徴するアンセムとしての地位を確立しました。
しかし、きらびやかで華やかなひな祭りの情景を描きながらも、どこか切なさを感じさせる曲調には、単なる慶事の歌にとどまらない独自の音楽的背景が存在しています。この独特の哀愁こそが、のちに様々な解釈や都市伝説を生み出す契機となりました。