最盛期には関西一円に100店舗以上がひしめき合っていた。しかし、これほど巨大なネットワークでありながら、資本によるチェーン展開を行わなかった点が極めてユニークだ。支えたのは、独自ののれん分け制度である。
暖簾を掲げることを許されたのは、創業者の血縁者や、長年修業を積んで信頼を得た親族に限られていた。各店の店主たちが結成した「力餅食堂のれん会」は、品質の維持と互助の精神を保つための強固な結束組織として機能。各店舗は独立した個人事業主でありながら、共通の屋号と「赤地に白抜きの力文字」の暖簾を共有し、暖簾の価値を守り合ってきたのだ。