生魚と干物の決定的な違いは、表面のタンパク質が塩分と乾燥によって凝固した「皮膜(ペリクル)」が形成されている点です。アジの干物は塩水漬けと乾燥工程を経ることで、水分が全体の約60〜65%まで減少しています。この状態からさらに無計画に加熱を続けると、身の内部にある自由水が急速に沸騰・蒸発し、タンパク質の熱変性によって筋繊維が固く収縮してしまいます。
調理科学の観点において、魚肉タンパク質(ミオシン)は約50℃から凝固を始め、60〜70℃でアクトミオシンが強く収縮して水分を外へ絞り出します。パサつきの原因は加熱過多による脱水です。干物をふっくらジューシーに焼き上げるためには、中心温度を75℃前後で留めつつ、表面のメイラード反応(アミノ酸と糖の加熱による香ばしい褐色化)を効率よく引き出す熱源コントロールが不可欠となります。
そこで有効となるのが、焼く直前に酒を軽く振る裏技です。日本酒に含まれるアミノ酸やコハク酸が旨味を補強するだけでなく、アルコールが揮発する際の共沸現象によって魚特有のトリメチルアミン(生臭さの原因物質)を一緒に空中へ飛ばします。さらに、酒の水分が表面を一時的に保護するバリアとなり、急激な熱による水分蒸発を抑え、身を蒸し焼きのようにふっくらと保つ効果を発揮します。