日本人の精神史において、柳は常に「異界との境界」に佇む木だった。平安時代の能書家・小野道風が、柳に飛びつこうと何度も跳躍を繰り返す蛙の姿を見て悟りを開いたという逸話は、不断の努力と天啓の象徴として親しまれている。ここでも柳は、人間の限界を押し広げる契機を与える舞台装置となっている。
一方で、民俗学・伝承文学の泰斗である柳田國男は、柳が水辺という「境界領域」に生えることから、霊魂が集まりやすい依り代としての役割を担ってきた点に着目した。幽霊が柳の下に出るという江戸時代以降のステレオタイプも、生と死、此岸と彼岸を架橋する柳の霊力に対する畏怖が生み出した文化現象に他ならない。
不屈の挑戦を見守る昼の顔と、異界の気配を漂わせる夜の顔。この両義的な深みこそが、日本人の心意風景に柳を深く刻み込んできた理由である。