旧千円札の野口英世と、新千円札の北里柴三郎。実はこの2人には、非常に深い師弟関係とドラマがありました。
福島県出身の野口英世は、幼少期の火傷による左手の障害や貧しい出自から、当時の医学界で正規のエリートコースを歩むことが困難でした。しかし、野口の語学力と並外れた研究への情熱を見抜いた北里は、自身が率いる伝染病研究所に助手として採用。さらに野口がアメリカへ留学する際には、渡航費用を用立てて強力な推薦状を持たせるなど、世界へ羽ばたく最大の足がかりを用意したのが北里柴三郎でした。
北里は弟子たちから、ドイツ語で「雷」を意味する「ドンネル先生」と畏怖されていました。研究に対して一切の妥協を許さず、実験の手順が雑だったりデータが曖昧だったりすると、雷のような大声で一喝したためです。しかし、その怒声の裏には「人の命を預かる医学者が、いい加減な仕事をしてはならない」という崇高な信念と、弟子への深い愛情がありました。私財を削って若い研究者の生活を支え、実績を出した者には惜しみない支援を与えるなど、厳格さと温情を兼ね備えたリーダーとして慕われていたのです。