日馬富士の探求心は実業の世界にとどまりません。引退後、かつての事件の地でもあった鳥取の鳥取大学大学院 地域学研究科へ進学。モンゴルと日本の地域連携や教育環境の発展をテーマに学術研究を重ね、見事に修士課程を修了しました。この学究生活が、現在の学園経営の論理的基盤となっています。
また、現役時代から玄人はだしの腕前として知られていた絵画の才能もさらに開花。富士山やモンゴルの雄大な自然、命の躍動を力強い筆致で描いた作品は美術界でも高く評価され、日本国内(東京・銀座など)や海外で個展を開催しています。絵画の売上金は全額、難病の子供たちや教育支援のために寄付されています。
気になる日本相撲界への復帰についてですが、日本相撲協会の年寄株を取得しての親方復帰という形は制度上想定されていません。しかし、モンゴルの有望な若者を日本のアマチュア相撲界や大相撲の名門部屋へと橋渡しするスカウト・育成アドバイザー的な役割を果たしており、形を変えて角界と日本の伝統文化を支え続けています。