五芒星の歴史は紀元前3000年頃の古代メソポタミア文明にまで遡ります。シュメール文明の遺跡からは天空の星や方角を示す文字記号として五芒星が刻まれた粘土板が出土しており、洋の東西を問わず人類最古の護符として用いられてきました。
日本における五芒星の意味と由来を語る上で欠かせない存在が、平安時代に活躍した陰陽師・安倍晴明です。晴明は中国から伝来した陰陽五行説(万物は木・火・土・金・水の5元素から成るという思想)を独自の呪術体系へと昇華させ、その象徴として五芒星を位置づけました。現在でも京都市上京区に鎮座する晴明神社の神紋は五芒星であり、「晴明桔梗(せいめいききょう)」の名で広く親しまれています。
陰陽道における五芒星は、木生火・火生土・土生金・金生水・水生木という「相生(そうしょう=生み出す力)」の外枠と、木剋土・土剋水・水剋火・火剋金・金剋木という「相剋(そうこく=打ち勝つ力)」の内側の交差線で構成されています。あらゆる森羅万象のバランスを1つの図形に封じ込めることで、邪気や悪霊が付け入る隙を完全に遮断する論理的な防護壁として機能しているのです。
また、民俗学的に極めて興味深いのが、三重県鳥羽市や志摩地方の海女(あま)たちに受け継がれる「セーマンドーマン」の風習です。海女たちは手ぬぐいや道具に五芒星(セーマン)と格子模様(ドーマン)を刻み込んで海に潜ります。セーマンドーマンの意味は「一筆書きで元の位置に戻ることから、潜水しても必ず無事に浮上できる」「魔の入り口となる隙間がないため、海の魔物(トモカヅキ等)に憑りつかれない」という切実な生還の祈りであり、過酷な自然と対峙する現場で培われた強力な魔除け文化です。