2018年1月30日未明、有賀さんは都内の病院で息を引き取りました。52歳という若さでの急逝に対し、所属事務所や報道各社は「病気療養中であった」と報じるにとどまり、明確な死因は伏せられました。これは、生前に本人が周囲へ託した「死因は公表しないでほしい」という明確な遺言に基づいた厳格な措置でした。
当時、最も世間に衝撃を与えたのは、実の父親である有賀鉄雄さんの会見でした。元知的所有権判例研究所所長である鉄雄さんは、訃報直後の取材に対し、「突然警察から連絡が入り、病院に駆けつけたときにはすでに亡くなっていた。病気のことなど全く知らされていなかった」と涙ながらに語ったのです。同居していた一人娘にも病気の重篤さは伏せられており、入院直前まで「少し検査入院してくる」と伝えていただけでした。
その後の週刊誌や医療ジャーナリストによる後追い取材では、進行性の女性特有のがん、とりわけ発見が難しく腹膜播種を起こしやすい「卵巣がん」を患っていた可能性が極めて高いと報じられています。告知を受けた段階ですでに病状は進行していたとみられますが、有賀さんは自らの運命を受け入れ、誰にも依存しない旅立ちを周到に準備していました。