玉置浩二の女性遍歴の中で、最も世間を驚嘆させたのが国民的トップ女優・薬師丸ひろ子との結婚でした。角川映画の看板女優として圧倒的な清純派人気を誇っていた薬師丸と、稀代のロックスターの結びつきは「世紀のカップル」として連日メディアをジャックしました。
ふたりの出会いとなった馴れ初めは、1987年にリリースされた薬師丸ひろ子のシングル曲「胸の振子」です。玉置が作曲を手掛けたことで距離が縮まり、音楽的な指導を通じて次第に恋愛関係へと発展していきました。約3年間の交際期間を経て、1991年1月にハワイ・マウイ島で挙式。華やかな披露宴はワイドショーで大々的に報じられました。
しかし、結婚生活は7年で幕を閉じます。1998年6月、薬師丸の34歳のバースデーパーティーの会場で、ふたりは突如として「離婚」を発表しました。笑顔を浮かべながらの友好的な会見形式だったため、世間に大きな衝撃を与えました。
当時の関係者取材や本人の述懐から浮かび上がる離婚理由は、「生活スタイルと価値観の根本的なすれ違い」でした。夜型で自宅をスタジオ化し、感情の波とともに創作へ没頭する玉置に対し、女優として規則正しい規律を重んじる薬師丸との間で、日常の些細な摩擦が蓄積していったと伝えられています。また、玉置の親族や実家との関係性、家庭に入ることを望む玉置側の思いと、第一線の表現者であり続けたい薬師丸側の思いが徐々に乖離していったことも要因とされています。