しかし、幸福と充実の只中にあった二人に過酷な試練が訪れます。末田氏の体を蝕んだのは、胚細胞腫瘍(はいさいぼうしゅよう)という極めて重篤な病魔でした。胚細胞腫瘍は、生殖細胞が生じる過程の細胞から発生する稀な腫瘍であり、主に10代後半から30代の若年層に好発することが知られています。
発病が判明して以降、吉田美和氏は多忙を極める音楽活動の合間を縫い、献身的に末田氏の看病を続けました。当時、ドリカムはデビュー20周年に向けた大規模な全国アリーナツアーの真っ只中にありました。愛する人の危機に直面し、活動休止やツアー中止を思い悩む吉田氏に対し、病床の末田氏は強く語りかけたと伝えられています。
「どんなことがあっても、ツアーを途中で投げ出さないでほしい。美和は歌い続けるべきだ」
自らも表現者である末田氏だからこそ、吉田氏の歌声が全国のファンに届くことの尊さを誰よりも理解していました。吉田氏は末田氏の願いを胸に、ステージ上では気丈に振る舞いながら全国ツアーを完走。しかし、その懸命な祈りも届かず、2007年9月26日、末田健氏は33歳の若さで永眠しました。あまりにも残酷な早すぎる死でした。