二人の結婚生活は、スタート直後に過酷な試練に見舞われました。新婚からわずか数か月後、和田アキ子に子宮頸がん(子宮がん)の診断が下されたのです。
医師から告げられた治療法は「子宮の全摘出手術」でした。それは同時に、二人の間に子どもを授かる可能性が永遠に失われることを意味していました。当時、自責の念と絶望に苛まれた和田アキ子は、病室で飯塚氏に対し、泣きながら「子供が産めない体になってしまう。お願いだから別れてほしい」と離婚を申し出ました。
その際、飯塚氏が返した言葉は、現在でも日本の芸能史において語り継がれる屈指の名言として知られています。
当時の特番インタビューや自著・手記において、和田アキ子自身が涙ながらに振り返った証言によると、飯塚氏は取り乱すことなく彼女の手を握り、次のように語りかけました。
「僕が結婚したのは子供を産んでもらうためじゃない。アッコ、君という人間と一緒に生きていきたいから結婚したんだ。子供がいないなら、二人で楽しい人生を作っていけばいい」
この深い受容と揺るぎない覚悟によって和田アキ子は手術を決断。壮絶な闘病生活を乗り越え、芸能界へと復帰を果たしました。「和田アキ子に子供がいない理由」の裏には、夫婦が命と向き合い、互いの存在そのものを肯定し合った尊い決断が存在しています。