なぜ片桐はいりは、わずかな出番であってもこれほど人間味に溢れ、奥行きのある人物造形ができるのでしょうか。その秘密は、彼女の類まれな経歴と表現に対する基本姿勢に隠されています。
東京都大田区出身の片桐はいりは、成蹊大学在学中に劇団「ブリキの自発団」へ参加し、舞台俳優としてのキャリアをスタートさせました。独特の容姿と長身、キレのある動きで演劇界では早くから注目されていましたが、彼女を語る上で欠かせないのが「映画館のチケットもぎり」というもう一つの顔です。
銀座文化劇場(現在のシネスイッチ銀座)などで学生時代からチケットもぎりのアルバイトに従事し、テレビCMやドラマでブレイクして売れっ子俳優となった後も、長年にわたって劇場に立ち続けました。著書『もぎりよ今夜もありがとう』などのエッセイにも綴られている通り、彼女は暗闇の中で映画を観にやってくる無数の観客たちの表情、チケットを差し出す手の震え、映画館を後にする人々の背中を何千、何万回と見つめ続けてきたのです。
人間観察の現場に身を置き続けた経験が、彼女の演技に「他者への深い慈しみ」をもたらしています。奇抜なメイクや個性的なヘアスタイルで奇人を演じているように見えても、決してその人物をバカにしたり、記号として消費したりしない。どんなに風変わりなキャラクターであっても、「この人はどんな痛みを抱え、どんな喜びで生きているのか」を骨の髄まで理解した上で演じるからこそ、お茶の間の視聴者は彼女の演技に笑いながら、ふとした瞬間に涙をこぼすことになるのです。
【プロの結論】朝ドラ制作陣が片桐はいりを重用する演出心理学的な必然性
演劇社会学およびテレビドラマの演出論の観点から分析すると、朝ドラにおける片桐はいりの起用には、明確な「日常の異化効果(ブレヒト的異化)」が存在します。
毎朝8時から放送される連続テレビ小説は、視聴者にとって「日常のルーティン」の一部です。朝食の準備や出勤前の慌ただしい時間帯に流れるドラマだからこそ、あまりに予定調和が続くと視聴者の意識は画面から離れてしまいます。そこに片桐はいりという規格外の存在が投入されることで、日常の朝の風景に心地よい亀裂が入り、視聴者の注意は一気にテレビ画面へと引き戻されます。
しかも彼女の凄みは、その異物感をドラマの世界観と調和させる「高度な心理的バウンダリー(境界線)の設計能力」にあります。主役の邪魔をせず、作品のトーンを壊すこともなく、絶妙な引き際をわきまえているからこそ、制作陣は重要な局面で彼女にオファーを出さざるを得ないのです。