厚生労働省の各種福祉実態調査によると、日本国内の視覚障害者(身体障害者手帳所持者)は約31万人にのぼりますが、光を全く感じない、あるいは明暗しか判別できない「全盲」の割合は全体の1割強程度に過ぎません。残る約8割から9割は、何らかの視力が残されているロービジョン(弱視)、または視野が極端に狭くなる視野狭窄、薄暗い場所で著しく視界が失われる夜盲症(網膜色素変性症など)の人々です。
この医学的事実を知らない層から生じる深刻な社会問題が、「白杖を持ちながらスマートフォンを操作している人」や「階段をスムーズに昇降している人」に対する心ない視線やネット上でのバッシングです。当事者が白杖を持つ理由と弱視視野狭窄の病態には、明確な身体的メカニズムが存在します。
たとえば緑内障や網膜色素変性症による「中心視野狭窄」では、視野の中心だけがストローを覗いたようにピンポイントで見えていても、足元や周囲の広い範囲が完全に欠損しています。中心視力自体は1.0近く保たれているケースもあるため、スマートフォンの画面に極端に顔を近づければ拡大文字をくっきりと読めます。しかし、歩行時には足元の段差、歩道と車道の境界、飛び出してきた子どもや車輪が一切視界に入りません。
つまり、「情報端末で電車の時刻や地図を見る視力はあるが、安全に一人で歩行する視野がない」という状態です。白杖は彼らにとって足元の危険を察知する生命線であり、同時に周囲の歩行者に「自分からはあなたが見えていません」と注意を促す合図でもあります。「白杖=全盲=何も見えないはず」という短絡的な思い込みが、現場の当事者を心理的に追い詰める要因となっています。