屈託のない愛らしい笑顔の裏には、昭和の激動を生き抜いた壮絶な経歴が隠されています。富山県で生まれた彼女は、幼少期に両親の離婚を経験。母親に引き取られたものの、中学時代には育児放棄に近い環境に置かれ、自炊生活を余儀なくされるなど過酷な思春期を過ごしました。生きるために10代で上京し、銀座のクラブなどで働きながら生計を立てていたところをスカウトされ、1973年に初代ユニチカマスコットガールとして脚光を浴びます。
1974年に歌手デビューを果たし、瞬く間にトップアイドルへと駆け上がったものの、所属事務所を巡るトラブルや拉致事件に巻き込まれるなど、芸能界の闇とも対峙。その後、本格的に女優へと舵を切りました。
1981年には音楽プロデューサーの川添象郎氏と結婚し、一男一女の子供に恵まれます。しかし、夫の度重なる女性問題や金銭トラブルが影を落とし、1992年に離婚が成立。彼女は親権を引き受け、シングルマザーとして二人の子供を育てる道を選択しました。家族社会学の観点から見れば、当時の芸能界におけるシングルマザーの立場は現代よりもはるかに厳しい風当たりの中にありました。母親への依存を断ち切り、自らの家庭を守るために女優業に打ち込んだ経験が、彼女の内面に揺るぎない自立心と「心理的バウンダリー(境界線)」を確立させたと言えます。