戦国最強・本多平八郎忠勝の真実!生涯無傷の理由と武功の全貌を追う

戦国最強・本多平八郎忠勝の真実!生涯無傷の理由と武功の全貌を追う

戦国最強・本多平八郎忠勝の真実!生涯無傷の理由と武功の全貌を追うの特集記事をご紹介します。最新トレンドがチェックできます。

本多平八郎の武勇を語る上で欠かせないのが、その象徴である武具と、敵味方問わず畏敬を集めた数々の逸話です。

忠勝の代名詞である天下三名槍の一本「蜻蛉切(とんぼきり)」は、三河文珠派の刀工・藤原正真によって鍛えられたと伝わります。戦場に立てておいた槍の切っ先にとまった蜻蛉が、自らの重みだけで真っ二つに切れたという伝説がその名の由来です。この槍の恐ろしさは、単なる切れ味だけでなく、大身でありながら絶妙な重心設計が施され、長時間の戦闘でも正確な突刺を可能にしていた工芸的完成度にあります。晩年、体力の衰えを自覚した忠勝が「槍は自分の手足であるべきだ」として柄を3尺ほど切り詰めたという逸話は、自身の肉体変化を冷徹に見つめるリアリストとしての一面を如実に物語っています。

また、「鹿角脇立兜(かづのわきたてかぶと)」も極めて合理的な構造を持っていました。本物の鹿角を使用すると重量過多で首を痛めるため、忠勝の兜の前立・脇立は和紙を何層も張り重ね、黒漆で塗り固める「一閑張り(いっかんばり)」の技法で作られていました。圧倒的な立体感と威圧感を演出しながら、驚くほどの軽量化を実現していたのです。実戦における機能性と視覚的示威効果を高次元で両立させた装備でした。

敵将たちからの評価も規格外でした。元亀3年(1572年)の三方ヶ原の前哨戦・一言坂の戦いにおいて、武田軍の猛追を食い止める殿(しんがり)を見事に務め上げた忠勝に対し、武田の猛将・小杉左近は狂歌を詠んで称賛しました。

「家康に過ぎたるものが二つあり 鑪(唐)の頭に本多平八」

徳川家康の手には余るほどの至宝であると、仇敵である武田勢に言わしめたこの言葉は、平八郎の武名を天下に知らしめる決定打となりました。天正12年(1584年)の小牧・長久手の戦いでは、わずか500の兵を率いて数万の豊臣軍の前に立ちはだかり、悠然と馬に水を飲ませる忠勝の姿に、豊臣秀吉自身が感嘆し「あの者を討ち取ってはならぬ」と攻撃を禁じたという逸話も残されています。

木村 陽翔
著者

木村 陽翔

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。