マートン氏が退団した翌年の2016年、この重厚な背番号9を託されたのが、東京六大学リーグ歴代最多の131安打という大記録を引っ提げてドラフト1位で入団した高山俊選手でした。
金本知憲監督(当時)のもと、ルーキーイヤーから開幕スタメンを勝ち取った高山選手は、球団新人最多安打記録を更新する136安打を放ち、打率.275、8本塁打、65打点の成績で堂々の新人王を獲得しました。マートン氏の系譜を継ぐ天才肌のヒットメーカー誕生に、関西メディアとファンは沸き立ちました。
しかし、2年目以降は打撃フォームの試行錯誤や対戦相手のマーク、度重なるケガに苦しむことになります。自著や手記で語られた「結果を出さなければ居場所がなくなるという恐怖」との戦いの中で、徐々に出場機会を減らしていきました。近本光司選手らの台頭もあり、外野手争いが激化するなかでファーム暮らしが長期化。2023年秋に戦力外通告を受け、新天地である独立・ファームリーグのオイシックス新潟アルビレックスBCへと戦いの場を移しました。