華々しいヒット曲を連発する一方で、バンド内部では次第に亀裂が生じ始めていました。佐世保で結成された初期からメジャーデビューを経て、メンバーの音楽的志向やグループ運営を巡る方針の違いが表面化していきます。
特に大きな転換点となったのが、1986年の田中昌之の脱退でした。ソウルフルなポップスや自身の表現を追求したい田中と、バンドの看板を守りコマーシャルな展開を重視するリーダーのムッシュ吉崎との間で、次第に修復不可能な溝が生じたとされています。
田中が脱退した後、メイン作曲を手掛けていた山下三智夫(ギター)をはじめとする主要メンバーも相次いでバンドを離脱。メンバーチェンジを繰り返した結果、かつてのバンド体制は瓦解し、最終的にムッシュ吉崎が一人で看板を背負う「クリスタルキング=ムッシュ吉崎のソロユニット」という形態へ移行していくことになります。