ダリアの花言葉はなぜ怖い?裏切りの由来と色別の意味・贈る注意点

ダリアの花言葉はなぜ怖い?裏切りの由来と色別の意味・贈る注意点

ダリアの花言葉はなぜ怖い?裏切りの由来と色別の意味・贈る注意点とは一体何なのか? 主要なファクトを丁寧に紐解いて紹介します。

メキシコ原産でキク科に属するダリアは、18世紀末にヨーロッパへ渡り、その幾何学的で緻密な美しさから王侯貴族の間で爆発的なブームを巻き起こしました。しかし、なぜこの優美な花に「裏切り」「移り気」「不安定」というネガティブな花言葉が定着してしまったのでしょうか。その真相を紐解くと、フランス帝国を揺るがした皇妃の強い執着と人間の生々しい愛憎劇に行き着きます。

決定的な契機となったのが、フランス皇帝ナポレオン1世の最初の妻である皇后ジョゼフィーヌ・ド・ボアルネを巡る逸話です。無類の植物愛好家として知られたジョゼフィーヌは、パリ郊外のマルメゾン城に造営した広大な庭園で、当時極めて希少だったダリアを独占栽培していました。「この美しさは私だけのもの」と誇示し、貴族たちから株を譲ってほしいと懇願されても頑なに拒み続けたと、当時の宮廷記録や歴史書に記されています。

事件が起きたのは、どうしてもダリアを手に入れたいと熱望したあるポーランド貴族の女性が企てた策略でした。彼女はジョゼフィーヌに仕える侍女とその愛人であった庭師を買収し、夜陰に乗じてダリアの球根数個を盗み出させたのです。ほどなくして貴族の庭で見事に咲き誇るダリアの姿を目撃したジョゼフィーヌは、激しい屈辱と怒りに震えました。

信じていた側近の「裏切り」に打ちのめされたジョゼフィーヌは、あろうことか自らの庭園のダリアをすべて引き抜かせ、二度とダリアに目を向けることはありませんでした。この侍女による裏切り行為と、あれほど執着していた花を一瞬で見捨てた皇妃の「移り気(気まぐれ)」な態度こそが、ダリアにネガティブな花言葉が刻み込まれた直接の由来です。

さらに、ダリアがヨーロッパで普及した18世紀末から19世紀初頭は、フランス革命やナポレオン戦争によって政情が激しく揺れ動いた激動の時代でした。王権の失墜、急速な流行の移り変わり、そして社会全体の不穏な空気が重なり、ダリアの品種改良の急速さと相まって「不安定」という花言葉も付与されることになったのです。

中島 亮太
著者

中島 亮太

シンプルで洗練された住まいづくりとインテリアコーディネートのアイデアを提案しています。