日本のカラーテレビ放送は1960年9月10日に世界で3番目という早さでスタートしました。しかし、「カラーテレビ いつから 普及したのか?」という問いに対しては、放送開始直後ではなく、1960年代後半から1970年代初頭にかけて段階的に進んだというのが歴史的事実です。
カラー放送開始当初は、受像機が50万円前後(現在の価値で数百万円相当)と非常に高額だったうえ、カラー番組自体が1日数時間に限られていたため、一般家庭への普及は遅れました。転機となったのは、1964年の東京オリンピック、1968年のメキシコオリンピック、そして1970年の日本万国博覧会(大阪万博)でした。
高度経済成長期を迎えた日本において、カラーテレビはクーラー、自動車(カー)とともに「新・三種の神器(3C)」と呼ばれ、生活水準の向上を示す最大のステータスシンボルとなります。1973年には、カラーテレビの世帯普及率が白黒テレビを完全に逆転し、ほぼ全家庭へと浸透しました。
この時代を語る上で外せないのが、日本の技術者たちが成し遂げた名機の誕生秘話です。代表例が、ソニーが1968年に発売した「トリニトロン」カラーテレビでした。当時の米国製シャドウマスク方式を凌駕する圧倒的な明るさと鮮明な発色を実現したトリニトロン方式は、創業者・井深大の強いリーダーシップのもと、失敗を重ねながら開発された独自技術でした。当時の技術者たちの手記には、「幾度となく開発中止の危機に瀕しながらも、世界最高の映像美を届けるという執念だけで基板と向き合い続けた」という生々しい苦闘が記録されています。この技術的成功が、世界市場における「技術の日本」の地位を不動のものにしました。