なぜ歯なのか。文化人類学や進化心理学の視座を借りれば、この衝動は決して奇抜な性癖などではない。人類の遺伝子に深く刻み込まれた、極めてプリミティブな選別行動の変形だ。
動物にとって、歯は生命維持の要であると同時に、もっとも原始的な武器であり、健康状態を雄弁に物語るバロメーターでもある。栄養状態、遺伝的強さ、実年齢、そして衛生観念。口を開けるという行為は、動物界においては敵に内臓を晒すのと同じレベルの無防備な開示であり、相手の歯を観察することは、その個体の生命力を値踏みすることに他ならない。
さらに現代の人間関係において、口元は「攻撃性(噛む)」と「親密さ(キスや会話)」が同居する唯一無二のゾーンだ。硬い骨と柔らかい粘膜の境界線。そこに潜むエロティシズムに無意識が反応してしまうのは、人間として極めて正常な防衛本能と生殖本能の交差点と言える。