欧州の多くの国において、ナチス・ドイツを連想させるシンボルや敬礼は法的処罰の対象だ。ドイツやオーストリアでは公然の場でそれを行うこと自体が重大な犯罪となる。その重みを、日本のエンタメ界はどこまで皮膚感覚で理解していたのか。
「他意はなかった」という逃げ道は、世界水準のビジネスでは通用しない。欧米のフェス主催者やストリーミングサービスのキュレーターにとって、ヘイトクライムや歴史修正主義と結びつきかねないリスクを抱えたアクトを招致する理由は一つもない。結果として、一度貼られた「無神経なグループ」というラベルを剥がすために、その後どれほどの時間とコストが無駄になったか。クリエイティブの自由と、歴史的無知の垂れ流しはまったくの別物である。