90年代後半から2000年代初頭にかけての裏原宿を語る上で外せないのが、異常なまでのプレミア価格の理由です。当時、新作の発売日には前日から数千人が並び、徹夜組や整理券をめぐるトラブルが社会現象として一般ニュースでも報じられました。
価格高騰を引き起こした最大の要因は、徹底された「需要と供給のギャップ」にあります。初期の裏原ブランドは、大量生産を行わず、ごく限られた数量しかプレスしない限定生産スタイルをとっていました。直営店とごく少数の正規ディーラーでのみ展開され、インターネット通販が普及していなかった時代背景も手伝い、「店頭に足を運んで並ばなければ絶対に買えない」という極限の飢餓感が醸成されたのです。
さらに、当時のカルチャー誌『Boon』や『Asayan』などが毎号特集を組み、藤原ヒロシ氏が誌面で紹介したスニーカーやスウェットが一夜にして市場から姿を消す「ヒロシ買い」が定着。ショップでの完売直後、委託販売店やストリート誌の個人売買コーナーで定価の5倍〜10倍の値が付けられる狂乱の二次流通市場が完成しました。