クラシック音楽ファンの間で広く知られる「ケーゲル遊び(ボウリングの原型)に興じながら作曲された」というエピソード。この真相を紐解く鍵は、ドイツ語の語源とモーツァルト自身の自筆譜記録にあります。
まず、ドイツ語の「ケーゲルシュタット(Kegelstatt)」は「九柱戯(ケーゲル)のボウリング場・レーン」を意味する言葉です。当時のウィーンでは、木製の球を転がして9本のピンを倒す野外ゲームが大流行しており、モーツァルト自身も大のケーゲル好きとして知られていました。
しかし、モーツァルトが自身の作品目録に『三重奏曲 変ホ長調 K.498』を登録した1786年8月5日の自筆譜には、ボウリングに関する記述は一切存在しません。では、なぜこの呼び名が定着したのでしょうか。
音楽史料の照合によると、真相は直前の1786年7月27日に完成した『12の二重奏曲(ホルンまたはバセットホルン用)K.487』にあります。このK.487の自筆譜余白に、モーツァルト本人が「ウィーン、1786年7月27日 ケーゲル遊びをしながら(unterm Kegelscheiben)」と明記していたのです。後世の出版業者や愛好家が、ほぼ同時期に書かれたこの2つの作品を取り違え、K.498のトリオに対して「ケーゲルシュタット」というキャッチーな愛称を冠したというのが、現代の音楽学における定説となっています。