家庭で毛ガニを茹でた際に身がパサつく最大の原因は、お湯の塩分濃度不足による浸透圧の破壊にある。真水に近い薄い塩水で茹でてしまうと、カニの体内にある塩分やアミノ酸が濃度の低い茹で汁側へ一気に溶け出し、細胞内の水分バランスが崩壊して筋繊維が極端に収縮する。その結果、旨味エキスが全て抜け落ち、出汁がらのような繊維質だけが残ってしまう。
さらに見落とされがちなのが、鍋への投入角度だ。甲羅を下にして茹でる理由は、カニの体内構造と物理的な熱凝固スピードにある。毛ガニの急所ともいえるカニ味噌(中腸腺)は、加熱初期段階で一時的に液状化し、温度が70度を超えてから徐々に固まり始める。もし甲羅を上(腹を下)にして茹でてしまうと、液状化した味噌が腹側の節やエラ(ガニ)の隙間から茹で汁の中へと滑り落ちてしまう。甲羅を下にして「お椀」のような状態を保つことで、味噌が固まるまで器の内側に閉じ込めることができる。
ここで重宝するのが、水産業界で受け継がれているカニ味噌流出防止の裏技だ。活きた毛ガニは熱湯に入れられると激しく暴れ、自切(自ら足を切り離す現象)を起こす。足の付け根がちぎれると、そこが大きな穴となって味噌と旨味が全て湯に流れ出してしまう。茹でる直前に15分ほど氷水に浸けて仮死状態(気絶)にさせ、両足を甲羅側にきつく折りたたんだ状態でタコ糸や太めの輪ゴムで十字に固定する。このひと手間をかけるだけで、味噌の流出リスクをほぼゼロに抑え込める。