「一二会」という名称の由来については、永田町の記録によると毎月12日に定例会合を開いていたこと、あるいは設立時の参加メンバー数や発足日にちなんで名付けられたと伝えられています。政治の世界では「八日会」「木曜会」のように日付を冠した会合名が伝統的に好まれてきました。
特に見逃せないのが宏池会(池田派〜大平派〜宮澤派)との歴史的な関連性です。吉田茂の系譜を引く「吉田学校」出身のエリート官僚派議員たちが多く関与しており、宏池会の政策集団としての骨格を支える水面下のエンジン役を果たしていたとされています。