日本の歯科治療において根深く蔓延している最大の誤解は、「歯医者は痛くなってから行く場所だ」という思い込みです。痛覚器官が鋭敏な虫歯であっても、痛みを感じる段階ではすでに象牙質深くまで感染が達しており、歯髄(神経)を除去する治療が必要になります。一度神経を抜いた歯は寿命が極端に縮まり、前述した破折のリスクが跳ね上がります。
さらに見落とされがちな盲点が、「硬い歯ブラシで力任せにゴシゴシ磨く」という誤った自己流ケアです。歯周病菌や歯垢(プラーク)を落とそうと強い力でブラッシングを続けると、歯の根元の歯肉が下がり、セメント質が露出して楔状欠損(くさびじょうけっそん)を引き起こします。良かれと思って行った過剰なブラッシングが、かえって歯根を露出させ、知覚過敏や根面う蝕(露出した歯根の虫歯)を誘発するという皮肉な結果を招いているのです。
もう一つの決定的な真実は、「加齢そのものが歯を失わせるわけではない」という点です。高齢になって歯が抜けるのは、年齢のせいではなく「長年蓄積した歯周病菌の慢性炎症」と「過去の不適切な修復物の劣化・二次虫歯」が原因です。適切なプラークコントロールとプロによる定期的なバイオフィルム除去を継続していれば、80代になっても28本すべての天然歯を維持することは医学的に十分に可能です。