1989年9月12日、宮内庁で行われた婚約内定の公式記者会見は、昭和天皇の喪中期間中という異例のタイミングであったにもかかわらず、日本全体に明るい祝祭ムードを吹き込みました。会見場で秋篠宮さまの言葉に耳を傾け、時折はにかみながら見つめ合われるお二人の姿は、テレビ各局で朝から晩まで繰り返し放送されました。
当時の視聴率データや雑誌実売数を振り返ると、ワイドショーの視聴率は連日20%を突破し、紀子さまを表紙に起用した女性週刊誌や写真集は完売が相次ぎました。当時を知るメディア関係者は、「昭和の終焉に伴う自粛ムードを打ち破る、新時代の希望のシンボルとして消費された」と分析します。
しかし、この過熱したフィーバーは、まだ20代前半の民間人女性であった紀子さまの私生活を容赦なく侵食しました。実家である教職員宿舎の周辺には昼夜を問わず数百人の報道陣と見物客が押し寄せ、ベランダの洗濯物一つにまでカメラの望遠レンズが向けられる異常事態が発生。公私を完全に切り離せないメディアスクラムの過酷さは、若きプリンセスに計り知れない心理的負荷を強いていたことが、後の関係者の証言からも浮き彫りになっています。