「多治見のラーメンを口にすると、なぜか数日後にあの醤油の香りと脂の甘みが脳裏にフラッシュバックする」――現場取材中、多くの常連客が異口同音に語った言葉です。この強烈なリピート現象には、美濃焼の生産拠点として栄えた多治見ならではの労働環境と、独自のスープ抽出技法が深く結びついています。
かつて窯元の職人たちは、1,000度を超える登り窯の熱気と粉塵の中で過酷な肉体労働に従事していました。大量の汗を流す職人たちが本能的に求めたのは、喉越しのよい水分ではなく、「ガツンと濃い良質な塩分」と「即効性の高い動物性脂質」でした。その需要に応えて発展したのが、多治見ラーメン大石家に代表される「お湯割り系中華そば」です。
一般的なラーメンのスープは、豚骨や丸鶏、魚介などを長時間煮出した出汁(清湯・白湯)で醤油ダレを割ります。しかし、お湯割り系と呼ばれる製法では、大量の豚バラ肉や肩ロースを特製醤油でじっくり煮込み、肉の旨みが極限まで溶け出した「煮汁(カエシ)」そのものを、純粋な熱湯または極めて薄い昆布・野菜の出汁で割って完成させます。
一見すると単純な調理法に思えますが、これはごまかしが一切きかない職人技の結晶です。豚肉の鮮度、煮込み時間、醤油の焦がし加減が完璧に噛み合わなければ、ただの塩辛い湯になってしまいます。濁りのない琥珀色のスープの表面に上質なラードの膜が張り、熱を閉じ込める。レンゲで一口啜れば、醤油の芳醇な立ち香とともに、豚肉のエキスがダイレクトに舌を刺激する。この「味覚の引き算」が生み出す純度の高い旨みこそが、脳の報酬系を直撃し、熱烈な中毒者を生み出し続けている本質です。