1970年代の日本の住宅建築界において、ひときわ異彩を放っていたのが建築家・伊東豊雄氏の初期代表作である「中野本町の家」です。東京都中野区の閑静な住宅街に突如現れたその建物は、外周部に窓がほとんど見当たらない真っ白な曲面のコンクリート壁で覆われており、通称「ホワイトU(White U)」と呼ばれました。
この住宅が生まれた背景には、極めて個人的で切実な事情がありました。施主は伊東氏の実の姉です。若くして最愛の夫を病で亡くし、幼い2人の娘を抱えて深い喪失の淵にいた姉から「子どもたちと一緒に土に触れながら暮らせる静かな場所を作ってほしい」と頼まれたことが、すべての始まりでした。
伊東氏は、都市の喧騒や他人の視線から遺族を守り、傷ついた心を優しく包み込むシェルターとしてこの住宅を構想しました。家族の深い哀しみを癒やす「喪の空間」として誕生した中野本町の家は、1976年の日本建築家協会新人賞を受賞するなど、若き伊東豊雄の名を一躍世界に知らしめる契機となったのです。